「同じ部活」なのに、なぜこんなに感覚が違うのか
サッカー、野球、バスケ。
多くの親が知っている中学の部活は、だいたいこのあたりです。
声を出し合い、フォーメーションがあり、誰かのミスを誰かがカバーする。
だからこそ、団体スポーツには分かりやすい「居場所」があります。
一方で、陸上。
同じグラウンドに仲間はいるのに、走るのは一人。跳ぶのも、投げるのも、一人。
この違いは、思っている以上に大きなものです。
団体スポーツは「物語を共有できる」

団体スポーツには、自然と物語が生まれます。
- レギュラー争い
- 試合の流れ
- チームで勝つ、負ける
うまくいかない日があっても、
「今日はチームとしてダメだったな」
と、感情を分け合うことができる。
これは、思春期の子どもにとってかなり強い支えになります。
個人スポーツは「結果を一人で受け取る」
陸上は違います。
- タイムが出る
- 順位が出る
- 記録が残る
理由も言い訳も、すべて自分に返ってくる。
だからこそ、陸上を選ぶ子には、最初から少し内向きな強さがあります。
それは「自信がある」ではなく、「自分で確かめたい」という感覚です。

今の学生が個人スポーツに惹かれやすい理由

最近の中学生を見ていると、こんな傾向を感じる親も多いかもしれません。
- 大勢で騒ぐより、一人の時間が落ち着く
- 無理に合わせるのがしんどい
- 評価基準が曖昧なのが苦手
これは「弱くなった」わけではありません。
今の子どもたちは、常に比較され、見られ、評価される環境で育っています。
だからこそ、
誰かに決められる評価より
自分で納得できる指標
を求めやすい。
陸上の「タイム」「記録」は、その意味でとても分かりやすいのです。
なぜ『ひゃくえむ』が今の学生に響くのか
ここで触れたいのが、陸上をテーマにした漫画『ひゃくえむ』です。
この作品が支持されている理由は、努力や根性を美化していないところにあります。
描かれているのは、
- 走る理由が分からなくなる瞬間
- 他人と比べてしまう苦しさ
- それでも走ることをやめられない感覚
つまり、勝ち負けより「自分との距離感」です。
これは、今の学生の感覚にとても近い。

「誰かのため」より「自分が納得できるか」

団体スポーツでは、
チームのために
みんなのために
という言葉が力になります。
でも、それが重たく感じる子もいます。
『ひゃくえむ』の世界は、その逆です。
- 誰にも期待されていない
- でも、自分だけは分かっている
- 速くなりたい理由が言葉にできない
この曖昧さこそが、今の学生のリアルです。

親がこの違いを知っておく意味
ここまで読んで、
じゃあ、親はどうすればいいの?
と思ったかもしれません。
答えはシンプルです。団体スポーツの物差しを、個人スポーツに持ち込まないこと。
- 声を出さなくてもいい
- 仲良しでなくてもいい
- 目立たなくてもいい
陸上では、「続けていること」自体が、すでに十分な意味を持っています。
子どもが陸上を選んだのは「逃げ」ではない

団体が合わなかったから。競争が嫌だったから。そう見えることもあるかもしれません。
でも多くの場合、陸上を選ぶ子は、
自分を雑に扱われたくない
自分の感覚を確かめたい
そんな思いを持っています。それは逃げではなく、選び直しです。
まとめきらないまとめ
団体スポーツと個人スポーツ。どちらが良い、悪いではありません。
ただ、求められる強さの種類が違う。陸上を選んだ子どもは、今の時代なりの誠実さを持っています。
親ができるのは、無理に引き戻すことではなく、
「そういう選び方もある」
と理解すること。
それだけで、子どもはずいぶん走りやすくなります。
