「流行っているらしい」だけでは見えてこない漫画
子どもが読んでいる漫画を見て、
これ、何が面白いんだろう
走ってるだけじゃないの?
そんなふうに感じた親もいるかもしれません。
ひゃくえむ は、いわゆる「熱血スポーツ漫画」とは、かなり違います。
- 努力すれば報われる、とは言わない
- 仲間との友情を前面に出さない
- 勝つことだけをゴールにしない
だからこそ、今の子どもたちに、静かに読まれています。
『ひゃくえむ』が描いているのは「速さ」より「感覚」

この漫画の中心にあるのは、「どうやったら勝てるか」ではありません。
- なぜ走っているのか
- いつから速さが怖くなったのか
- 何を失っても走りたいのか
描かれているのは、説明できない感覚です。
大人になると、理由のない行動は減っていきます。
でも子どもは、
うまく言えないけど、やめられない
勝ちたいわけじゃないけど、速くなりたい
そんな気持ちを抱えています。
『ひゃくえむ』は、
その曖昧な部分を、無理に言語化しません。
親世代のスポーツ観と、決定的に違うところ
多くの親が慣れ親しんだスポーツ観は、
- 頑張る理由がはっきりしている
- 目標が分かりやすい
- 評価が外から与えられる
でも『ひゃくえむ』の登場人物たちは違います。
- 誰かに期待されているわけでもない
- ほめられたいわけでもない
- 将来につながるかも分からない
それでも走る。この姿は、今の子どもたちの生き方に、かなり近い。

この漫画が子どもに教えていること

『ひゃくえむ』は、説教もしなければ、答えも出しません。
でも、読んだ子どもたちは、自然とこんなことを受け取っています。
「好き」は説明できなくてもいい
理由が言えないと、否定されやすい今の時代。
この漫画は、
理由がなくても、続けていい
誰にも分かってもらえなくてもいい
という感覚を肯定します。
他人と比べなくても、自分は測れる
「団体の評価」「順位」「周囲の期待」
それらから一度距離を取り、
今の自分は、どうなのか
を見つめる視点を与えてくれます。
これは、数字や偏差値に囲まれて育つ子どもにとって、とても大切な感覚です。
うまくいかない時間にも意味がある
「努力 → 成功」という単純な構図ではありません。
- 速くならない時期
- 自信を失う瞬間
- 走る理由が揺らぐ時間
それでも物語は続きます。
この描き方は、
今、結果が出ていなくても、それで終わりじゃない
というメッセージになります。
親がこの漫画から受け取れること

『ひゃくえむ』は、子ども向けの漫画ですが、親にとってのヒントも多い作品です。
- 子どもが何を考えているか分からない
- 目標を言葉にしないのが不安
- 意味のあることをしてほしい
そんなとき、
分からないまま、続けている状態もある
と知るだけで、関わり方は少し変わります。
「何を目指してるの?」と聞く前に
親はつい、
それ、将来に役立つの?、何を目指してるの?
と聞いてしまいます。
でも『ひゃくえむ』を読むと、
今はまだ、決めなくていい。感覚を確かめている途中
そんな時間が、確かに存在することが分かります。
まとめきらないまとめ

『ひゃくえむ』は、「頑張れ、とは言わない。」「勝て、とも言わない。」「正解も、示さない。」それでも、読む人の中に、何かを残します。
もし子どもがこの漫画を読んでいたら、それは「流行っているから」だけではありません。
自分の感覚を、否定されずに置いておける場所を探しているのかもしれません。親ができるのは、
無理に理解することではなく、「そういう感覚もあるんだな」と、そっと知っておくこと。
それだけで、子どもとの距離は、少しやわらぎます。
そしてこれは、子ども時代だけの話ではありません。社会に出たら、「これをやれば正解」という道は、ほとんど用意されていません。「答えのない毎日を、」「試行錯誤しながら、」「臨機応変に進んでいく。」
多くの大人が、今もその繰り返しの中にいます。
『ひゃくえむ』が描いているのは、特別な成功ではなく、答えのない時間を、自分の感覚を頼りに進んでいく姿なのかもしれません。
だからこの漫画は、子どもだけでなく、親の心にも、静かに引っかかるのだと思います。「そういう進み方もある」と知っておくことで、自分自身を振り返るときにも、少しだけ呼吸を楽にしてくれます。
